2019年度 大学訪問

2019年度 大学訪問記

H6電子卒 内藤(旧姓:阿久戸)さん編

今年も岩手大学訪問メンバーとして、(2019年10月18日に)大学に訪問させていただきました。
日程調整、研究室との調整、その他色々ご対応いただいた高橋先生に感謝いたします。
また、同窓会側で調整いただいた三浦さん、ありがとうございました。

今年は一祐会本部にお邪魔することからスタートです。
来年度の総会の細々した話を理事長と小田島さんが話しているのを聞きながらこうやってみなさんのご尽力により会が成立している事を実感しました。今年の学部の冊子を頂きました。

さて、ランチは今年は工学部食堂、 特筆すべきは、昨今の対応で電子マネーが食堂にも対応していました。残念ながら大学生協独自のものとの事で我々は現金です。

今年も技官の皆さんのお部屋をお借りし、昔学生の頃、私の同期がx線装置を壊した話をしながら、待たせていただきました。石川さん、いつもありがとうございます。
そして、今年は6研究室を回りました。
電気電子系
小林先生
長田先生・阿部先生
高木先生・高橋先生
情報系
荻原先生
藤本先生
木村先生

同窓会の話、現在の研究の話をメインに伺いました。
電気系では スマートファクトリー、農業への応用(きゅうりの栽培でした)、単結晶によるUVセンサ素子、そして薄膜化の挑戦。
学生の皆さん、これからちょうど研究の追い込みに向かって思うような数字が出ないことを、イキズマッテマス、、、等とおっしゃる時期でしたが、一番楽しいよ!こう言う事はしているの?これはなんでこう考えたの?というこちらの質問にも丁寧に答えて、素直に考えていない事なども言える姿勢は本当に素晴らしいことだと感動しました。

情報系では、市販の安価なモーションキャプチャからの推測メカニズムを応用したスムースな動きへの挑戦、正面から見えない複数のアングルのカメラからの障害物除去視界の挑戦、2次元の写真からの3次元の実際のサイズの推定、埴輪の画像認識などなど、とても興味深くいっそ早くアプリで欲しい技術が開発されていました。

各研究室での所感は、やはり突然の質問にも真摯に答えられるスキルが高い。先生に伺うとその為の練習は各研究室で行われているようでした。
こちらからも、こう言うポイントを絞るプレゼンがより効果的だよ、とは少しは言えたでしょうか。
また、我々がどう言う職種についているか、実際のポジションはどんなものなのかへの興味も多大にあるようでした。
今の話はリアルに話すことができましたが、20年以上前のキャリアプランでもあります。出来れば、入社10年以内のメンバーを1人連れて行きないと切実に思いました。

せっかく時間をとって話ができる機会なので、彼らが欲しい情報、未来の仕事、そしてすぐ先の仕事をイメージしやすい環境の提供、会社以外のコミュニケーションの場の提供等と、同窓会のメリットを示す機会にするべきだなと思います。
これをする事により、より普段の会の有意性も見えてくると思いました。

懇親会では大通りのおおたる、からの、三寿司と、岩手大学だな、というディープなコースを回らせていただきました。
おおたるでは、学生さん達からの質問、自分たちに何が求められるのか、何を武器になるのか、そして先輩は今何をしていますか?など、そして院に行かない事への話なども真面目にできました。お付き合いいただいた、学生の皆さん、荻原先生、高橋先生。ありがとうございました。

2019支部大会・皆さまからの一言

(2019.6.28現在)

多数の方からのご連絡、本当にありがとうございました。


DEN      S35        佐藤 一男 様          6/29は、小生が主宰する東京七高会がありますので、欠席とします。


DEN      S51        小磯 厳男 様          今回は残念ですが諸用あり欠席します。皆様に宜しくお伝えください。


DEN      S38        佐藤 隆三 様          地元の歴史クラブ(見知楽会)で街道、宿場探索と案内。日本化学未来館でのボランティア活動。


DEN      S23        石井 宗典様           相変わらず、元気に勉強会やゴルフに動き回っています。


DEN      S48        金田 重憲様           元気でやっています


DEN      S37        柴田 隆昭 様          高校傘寿同窓会が中野サンプラザで開催されるため出席できません。11月の大学創立記念大会には出席したいと思っています。


DEN      S57        慶野 文敏 様          東京でNextDrive㈱という会社を立ち上げました


DEN      S50        佐藤 文人様           毎日歩いています。


DEN      S33        斎藤 昇 様             昨年10月、腰を圧迫骨折をし、歩けなくなり出席できません。よろしくお願いいたします。


DEN      S41        青木 英典様           藤の香に ささをお供に 令和生く


DEN      S47        山田 均様            体調も良くなり、仕事、趣味に頑張っています。


DEN      S47        澤藤 隆一様           ご苦労様です。


DEN      S24        吉田 博文様           少し、元気でいます。もう89才


DNS      S45        安保 進様              予定があり、参加できず申し訳ありません。


DEN      S62        前田河 均様          9年前に大病を患い、後遺症が残りましたが、復職し元気に働いています。


DEN      H02       富塚 秀樹様           昨年、盛岡で研究室OB会に参加して来ました


DNS      S49        森 清春様              残念ですが、2019年6月29日(土) 14:00~18:00 は別用事があり、欠席いたします。ご盛会をお祈り申し上げます。


DEN      S40        松本 洋一様           電気電子情報科会 東京支部会の案内、どうもありがとおうございました。生憎、6月28日~30日の間、旅行に行く予定にしており、参加することができません。皆さんに宜しくお伝えいただければ幸甚です。


DEN      H05       永田 稔様              私自身は、久保田先生の研究室にお世話になっておりますので、久しぶり(卒業以来です)お会いしたいのですが、参加することができませんので、「ミャンマーで元気に頑張っております」と、お伝えいただけると、大変助かります。このような状況ですが、引き続き、連絡いただけると助かります。よろしくお願いいたします。


DEN      S35        吉田 豊彦様           東京支部大会のご案内、有難うございます。残念ながら最近体調がよくなくて病院通いが続いておりますので支部大会欠席させていただきます。宜しくお願いいたします


DNS      S57        小関 純様              ご連絡ありがとうございます。当初参加したいと思っていたのですが、やんごとなき予定が入ってしまいました。誠に恐縮ですが、今回は欠席とさせていただきます。皆さんによろしくお伝え願います。


DNS      S46        菊地 裕光様           6月29日は以前からの予定のため残念ながら出席できません。ご了承ください。同期では、私は行けませんでしたが、今月に軽井沢に行って楽しんでいる筈です。よろしくお願いします。


DEN  S33   津田 等様    役員の皆様、ご苦労様です。


DEN  H02   村田 崇様    盛岡支部所属ですが、出張上京のため、初参加です。よろしくお願いいたします。


DEN  S52   佐々木 幹志様   6月末で退職です。が、派遣でまた働きます。


DNS  S46   三浦 一司様  度々のご案内、ありがとうございます。 申し訳ありませんが、6/29は所要があり出席できません。 盛会をお祈りいたします。


DNS  H04   廻谷 和志様  お誘い有難うございます。申し訳ありませんが既に予定が入っており欠席です。すいません。


DNS  S50  佐藤 隆男様  昨年6月つなぎ温泉で開催された参加者75名の「岩大ユースホステルグループ」のOB会に行ってきました。


DEN  S41  片倉 邦彦様  一見元気ですが、それなりに劣化しています。


DEN  S42  佐々木 哲彌様  自営業の電気管理技術者の仕事が忙しくて、出席出来なくて残念です。

2018年度 大学訪問②

2018年度 大学訪問記②

H4電気卒 佐伯さん編


1.訪問スケジュール

 訪問日: 2018年10月19日

  • 13:00~13:30 永田研究室
  • 13:30~14:00 平山研究室
  • 14:00~14:30 金研究室
  • 14:30~15:00 本間研究室
  • 15:00~16:30 富士通(株)CTOの佐々木繁様の講演
  • 16:30~17:00 向川研究室
  • 17:00~17:30 三浦研究室
  • 18:00から懇親会

2.内容

 まず始めに、今回一般参加の中から大学訪問者として選定頂きありがとうございました。私は、26年前である1992年3月 電気工学科卒業生になります。妻の実家が盛岡であるため2年に1度ぐらいの頻度で盛岡に帰省しているのですが岩手大学の構内に入るのは、10年以上前に会社のリクルートで来たのが最後だったと記憶しております。工学部1階の下駄箱からスリッパを出して工学部構内に入った瞬間に、在学当時の「試験勉強で徹夜したり、二日酔いを我慢して講義に出席したり、大学をさぼってバイトしたり…」思い出が、ぶわっと吹き出し、なんとも言えない、懐かしいような恥ずかしいような気持ちになりました。そこから、ゆっくりと噛みしめるように階段を登り研究室へ、私のいた電気工学科の建屋はあまり変わっていませんでしたが、各学生の机の上には、今では当然ですがデスクトップPCやノートPCがおいてあり、また構内でタバコを吸えなくなっていたのにも時代の流れを感じさせてくれました。


理工学部の前のコンビニの前でタバコを吸う佐伯さん

 偶然とは恐ろしい物で、これから各研修室を回ると言うことで、荷物を置かせて頂いた部屋に女性の技官の方がいらっしゃったのですが、「私の時代には女性のこんな可愛らしい技官の方はいなかったなぁ」とか考えていると、突然「小川千恵ちゃんの会社の方ですよね?」と声をかけられ私自身「???」に。話をしてみると私の会社の後輩(岩手大学出身)が去年2017年12月に青森県弘前市で結婚披露宴をしており、私が会社の先輩と言うことで、乾杯の挨拶をしたのを覚えていたそうで、まさか大学訪問でお会いすることになるとは、こんな偶然もあるのだなと驚きました。更にもう一つ驚く出来事があったのですが、今回一緒に同行して頂いた内藤さんは私の2年後輩に当たる方だったのですが、盛岡駅からタクシーに乗った時に、ここに昔、飛行船というお好み焼き店があって私は初代船長(店長)だったことを話したところ内藤さんの友人がバイトしていたそうで内藤さんも食べに来たことがあったとのこと、また、友人の名前を聞くと私がお好み焼きの焼き方などを教えた方であることが判明。不思議な縁に驚きの連続でした。後日談ですが内藤さんがその友人と食事をした時に私のことを聞いたそうで、きちんと覚えていたことをご報告頂きました。

今回、大学訪問に科会役員以外で初めて参加していただいたお二方
(左:H4電気卒 佐伯さん、右:H5電子卒 内藤さん)

 話を元に戻します。今回は、上記訪問スケジュールにある通り非常にタイトなスケジュールとなっており、学生のプレゼン&質疑応答が絶え間なく行われ、また途中で岩手大学理工学部内 銀河ホールにおいて富士通(株)CTOの佐々木繁様の講演 デジタル時代の「信頼」と「創造」も拝聴する事ができ非常に内容の濃い大学訪問となりました。

S54情報卒 富士通㈱ CTO 佐々木繁様のご講演の様子

 私が学生の頃は丁度NECのデスクトップPCが出始めた頃で、当然パワーポイントなど無くOHPシートでプレゼン資料を作り何度も修正編集を繰り返し徹夜で作った物でした。作るのが精一杯で発表内容等はあまり練る時間がなかったと記憶しています。今の学生は、写真や3D画像、アニメーションを駆使して自分の研究内容を整理しつつ、かつ聞き手に分かりやすく説明出来るように纏めている事が覗えました。質疑応当の時の説明も皆さん堂に入った物で分かりやすく必要十分な回答が出来ていたのではと思います。内容も量子コンピュータからサーボや音響工学まで多種多様に渡っており、大変興味深く拝聴させて頂きました。今の学生の頑張りや年長者に対する対応の仕方などすべてにおいて十分なものでしたが、一つ懸念事項があるとすれば、会社や企業が求める人材像とのギャップです。私が卒業した時にも感じた事ですが、岩手大学は、要素研究を中心に力を入れているため、現在でも研究機関以外の会社や企業では即戦力になるのは難しいのかなと感じました。後述しますが、大部分の学生は研究機関以外の職に就きますので、会社や企業が必要としている人財像や社会人としてのハート的な部分を伝えるのは、我々(同窓会)が貢献できる部分ではないかと思いました。

修士2年の方に研究内容の説明を受ける佐伯さんと内藤さん

 私の会社は物作りの会社で、レーザを利用しプリント基板に穴を明ける加工機を機械本体から制御装置まで一貫した製品を製造販売しており、私は、電気のハード、ソフト設計をしています。私が大学を卒業して就職し設計に配属された直後に1番感じたのは、即戦力にはなれなかったという事、高等専門学校卒業の方が即戦力になって会社の役に立っていたという事です。これは高専と大学の教育方針の違いで、予算の関係等々あるのでしょうが、高専は会社や企業での実務に近いものを教育に取り込んでいるため、即戦力になりえる学生が出来やすいのだと思います。即戦力は会社や企業にとって重要かつ必要な人財ですが、私の経験を振り返ると会社内業務の枠を超えて色々なことに興味を持って、大学で学んだ基礎知識、要素研究をする中で培った物事に対するアプローチの仕方で、立ちはだかる問題を次々と打破して行くのは大学卒の方が多いと感じています。この辺も学生に伝えたい内容の一つ事になります。

  今回、それぞれの研究室訪問にあたり、役員の方が、始めに電気電子情報科会の存在意義、活動内容等、説明していましたが、学生の方はあまりピンと来ていないように感じました。学生達の反応も至極当然で、年に1度、自分の父親と同じかそれ以上年上の方が大学に来て、「岩大OBの電気電子情報科会です」「関東に来た際には一緒に…」と言ってもしょうが無いことで、我々から何か学生達のメリットとなるような事が提供できれば、良い関係が出来るのではと思いました。懇親会では、私が行っている業務内容や社会的責任の話をすると食いついてくる学生が多く、やはり社会人となり今後経験するであろう情報にはアンテナが立っているようでした。今後の科会の大学訪問の際には、情報提供という意味で、ざっくばらんに我々が社会人として、この年までに培った至極当然な事、例えば、「失敗とは」「反省とは」などのプレゼンがあっても良いのかなと感じました。学生は、これから社会に出るにあたり、色々不安に思っていることが多いはずです。これらの情報を通して学生に社会人の心構えや楽しさなどを提供する事が出来ればGive&Takeの関係が出来、我々の後輩である岩大生が社会に飛翔するための一助となるのではと考えます。

学生さんや先生たちと二次会の三寿司で語る佐伯さん

3.最後に

 今回、ご同行頂いた役員の加瀬さん、三浦さん、訪問スケジュールなど大学側との事前準備等々大変だったと思います。本当に有意義で楽しい時間を過ごさせて頂きありがとうございました。今回、現役岩大生と交流が出来、昔の自分に合ってきたような気がします。50歳になり少し疲れかけてきた社会人生活も岩大生からエネルギーを頂きリセット完了。これからも頑張れそうです。

最後になりますが高橋先生、三浦先生、当日は、深夜まで懇親頂き深謝致します。

2018年度 大学訪問①

2018年度 大学訪問記①

H6電子卒 内藤(旧姓:阿久戸)さん編

本当にたまたまご縁があり、東京支部の皆様と大学訪問をする機会に恵まれました。ご縁に感謝です。紅梅寮生だったのが、よかったのでしょうか?笑

11時に待ち合わせて岩手大学へ!大学方面へは卒業後初!ということでお仕事での出張とはテンションが違います。

部活動にいそしんだ体育館。ここだけでも懐かしいです

今回ご一緒した3名の方、お世話になりました。これから中央生協に向かいます。

中央生協で岩手大学グッズを発見!お酒は先日の東京支部大会(2018/6/30)の時に頂いておいしかったです

とはいえ、工学部生は、工学部学食2階の焼きカレーですよ、これですよ。

この、ホームベース型のトレイとか、卒業して四半世紀、よもやここでまた食べるとは!

この玉子がいいのです。美味しくいただきました。

メインの各研究室を訪問です。

どこでも、説明内容を準備してくれ、熱いプレゼンを聞くことができました。先の総括してしまいますが、ここまで学生が自分の研究室、自分の研究内容を、私たちにわかりやすく、伝えようとして伝えてくれる事には感動しました。ホワイトボードに歓迎の絵まで頂いたり、デモを見せていただいたり、各研究室時間が短い!と感じるくらいの熱量を感じました

ご準備くださった先生方、学生の皆さま、本当にありがとうございました。

この様な考え方を書いてあるボードも。こちらは位置を測る離散点からの予測など研究の内容を聞いた後にお話をさせて頂きます。関東に就職の方も。

情報系は女性の学生も。女子トイレが改善されていて個人的にはホットニュースです。

パネルでの説明。現在のお仕事にも関係する量子合成のお話。意地悪な突込みにも明るく答えてくれました。右もお仕事に関係するセンシング技術です。海女さんとのコラボの位置情報の話も非常に興味深かったです。いやはや、皆さんのプレゼン能力に圧倒されています。

左、位置情報が画面で明るくなっています。見守りシステムに使えるようで、賞を受賞したそうです!素晴らしい

右、パネル、手持ちの資料までご用意いただきました。実用化に向けて研究は進んでいっています。

夜は学生の方々、先生たちとの交流会です。

皆さん、岩手大学工学部、、、ですね。笑 楽しくお酒が進みました。

懐かしの三寿司にまで行きました。

本当に学生の方々のコミュニケーション能力の高さに圧倒された1日でした。

東京方面にいらっしゃった際には、ぜひ一祐会・電気電子情報科会東京支部へ。

次の日には同級生と現地合流。そこでの新事実!!!!!!

息子さんが、岩手大学工学部、そして学部も後輩と判明。いつか息子さんのプレゼンが聞きたいものです。

今回は機会に恵まれ、本当に楽しい訪問をありがとうございました。

高橋先生はじめ、ご協力くださった先生方、学生の皆さん、ありがとうございました。

是非東京でも再会したいです。

東京支部の皆様も、お声がけいただきありがとうございました。

2018支部大会・皆さまからの一言

 

(2018.5.27現在)

多数の方からご連絡をいただいております。本当にありがとうございました。


S34 高橋功 様 “元気です。週に2回、卓球をしています。”

S34 天坂博 様 “同期会員にも参加できない人が多く欠席します。”

S35 斎藤敏夫 様 “傘寿を過ぎ、足・腰の衰えを感じる日々です。”

S35 佐藤一男 様 “御連絡いただきました6/30の東京支部大会ですが、すでに先約の行事が入っており、なんとか調整できぬか検討したのですが、不調でした。
「欠席」しますので、悪しからずご容赦ください。
大会のご盛況を祈っています。”

S37 鈴木祥布 様 “圧着工具を使って遊んでいます”

S37 吉岡正修 様    “パソコン学習の会は、満17年となりました。最近はスマホの普及でPCを習いたい人が減っていることと、公民館の室料が有料となる様なので、止め時かなと思い私も多忙です。盛会を祈ります。”

S39 佐々木紘毅 様 “ご案内ありがとうございます。
今年も参加の予定でいましたが、別件の予定が入ってしまい参加できません。またよろしくお願いします。”

S40 松本洋一 様 “小生、丁度6月30日に田舎の方で同級生の喜寿のお祝いが予定されていて、墓参りを兼ねて出かける予定にしています。
従って、大変残念ですが今年の支部大会には参加することができません。
皆さんによろしくお伝えください。”

S41 薄衣文雄 様 “元気です。皆様に宜しくお伝えください。”

S41 青木英典 様 “小生は残念ですが、所用にて東京支部の集いに欠席とさせて頂きます。東京支部のご盛会をお祈りしております!”

S42 佐々木哲彌 様 “元気で仕事しています。私と同年代が少ないのではと、だんだん足が遠のいております。”

S45 田中行男 様 “残念ですが今回は欠席させていただきます。
大阪でまだフルタイムの勤務をしています。
71才になりましたがもう少し社会貢献をしようかと思っております。”

S46 菊地裕光 様 “お役目ご苦労様です。
先約が入っていたため、出席はかないません。
よろしくお願いします。”

S47 山田均 様 “東京支部の平素の活動、ご苦労様です。
科会東京支部大会のご案内いただいております。
出席の予定をしておりましたが、6月に痛めていました左足股関節の人工関節施術を行うことになり、30日はまだ一人で東京まで出ることが不可能と思いますので欠席させていただきます。
支部大会の盛会を祈念しておりますとともに皆様によろしくお伝えください。”

S54 小野繁 様 “支部大会へのお誘い、ありがとうございます。
ただ、残念なことに当該日は、会社の文体イベントが入っておりまして支部大会には参加できません。
大変、もうしわけありません。よろしくお願いいたします。”

S57 廣田敦彦 様 “当日、所用があり残念ながら、出席できません。
ご盛会を祈念しております。”

H01 玉田耕治 様 “いつもご連絡ありがとうございます。
今年も残念ながら、職場の出勤日と重なっております。”


 

2017年度 大学訪問記①

2017年度 大学訪問記①

大学訪問編


日時:2017年10月6日(金)12時~18時
訪問研究室:木村研究室、萩原研究室、小林研究室、高木研究室
対応していただいた先生:三浦准教授、木村准教授、萩原教授、小林教授、高木教授、向川教授、石川さん(技官)、柏葉先生
訪問者:遠藤さん(平成4年卒)、加瀬さん(平成4年卒)、三浦(平成16年卒)

 

科会活動の活性化、平成卒の科会会員の参加率向上を目的に、数年前から実施している大学訪問を10月6日に実施してきました。今回の訪問は、前回の反省をいかし、学生、先生ともに比較的時間に余裕のある10月に実施しました。訪問にあたり、私の担当教官だった高木先生に打診をしたところ、学内展開、訪問研究室、訪問時間、学生との懇親会まで、調整していただき、数回のメールのやり取りで、あっという間に訪問スケジュールが決定しました。高木先生、お忙しい中、コーディネートまでしていただき、ありがとうございました。

11時前に盛岡駅に着いた我々はタクシーで岩大理工学部へ。研究室訪問は13時からの予定のため、技官の石川さんの部屋をベースキャンプにして、午後からの研究室訪問に向けて作戦会議。作戦会議もそこそこに、12時になり、お腹も空いてきたので、中央食堂へ。中央食堂は、夏休み明けの学生で大盛況、そこで、我々は最近オープンしたという中央食堂2階の「レストラン kenji」へ。店名である宮澤賢治にちなんだメニューがあり、3人はそれぞれ、イーハトーブ・プレート(680円)、キャンパスランチ(650円)、注文の多い弁当(650円)を注文。夜にはお酒も出るようで、学内の飲み会や学会の懇親会にも利用されているとのことです。

 

 

 

昼食を済ませた我々は今回の訪問のコーディネートをしていただいた高木先生のもとへ。高木先生からは研究室訪問の前に学部1年生の授業を見学させていただきました。その後、学部の広報担当である三浦先生から、学部の説明および就職状況などについて説明していただきました。

 

研究室訪問は、科会とは何かという説明、我々3名の自己紹介、学生の自己紹介という流れで行いました。まず初めに訪問したのは、理工学部システム創成工学科知能・メディア情報コース木村研究室です。学生、我々3名、お互いに初対面で緊張しながらの自己紹介となりましたが、科会について少しは知っていただき、関東に就職が決まっている学生も数名おり、科会に参加していただく、きっかけになったのではと思います。

 

 

 

次に訪問したのは、理工学部システム創成工学科知能・メディア情報コース萩原研究室です。萩原研究室では「脳・視覚-計測,認識,理解とその制御に関する最先端の研究」をしており、萩原先生より研究室の研究紹介をしていただきました。また、学生からは現在取り組んでいる研究である画像認識で血管の位置を特定して、その情報をもとに自動で注射する装置について、実機を見ながら説明していただきました。

 

 

高木先生と合流し、次に訪問したのは、岩手大学地域連携推進センターにある柏葉先生のお部屋。柏葉先生とは6月に開催した岩手大学電気電子情報科会総会、東京支部大会以来の再会です。柏葉先生が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、近況報告と翌日に予定している岩手山登山についての話で盛り上がりました。

次に訪問したのは、理工学部システム創成工学科電気電子通信コース小林研究室です。小林先生には6月に開催した岩手大学電気電子情報科会総会、東京支部大会に参加いただき「大学の近況と研究動向」というテーマで講演をしていただきました。小林研究室では、小林先生も交えて、他大学のOB会組織など、社会人になってからの大学との関わりについて意見交換を行いました。また、就職活動に関する具体的なアドバイスとして、加瀬さんから、自社のエントリーシートをもとに、これから、エントリーシートを書くことになる学生へ向けてアドバイスを行いました。

 

最後に訪問したのは理工学部システム創成工学科電気電子通信コース高木研究室です。高木先生は仕事が残っているとのことで、高木研究室の学生に実験室を案内してもらいながら、各研究テーマについて紹介してもらいました。高木研究室は国内外からの来客が多いということで、学生による研究紹介、完璧でした。

 

 

 

予定していた研究室訪問が終わり、すっかり、日も暮れてきたので、今回の訪問の重要事項である学生との飲みにケーションを実施。場所を大学から徒歩1分の中華料理屋八仙閣に移し、飲みにケーションスタートです。学生は高木研究室より5名、萩原先生、高木先生、向川先生、我々3名の合計11名で行いました。お酒も入り、緊張もほぐれたことから、会話も弾み、内定、就職を希望している業界の動向から、冷麺、じゃじゃ麺の話まで、楽しい時間を学生と共有することができ、社会人になってからの大学との付き合い方について学生に体験していただき、参考になったのではないかと思います。

下記は訪問研究室の研究内容

理工学部システム創成工学科知能・メディア情報コース
木村 彰男准教授(多様な分野に応用できる画像処理技術の研究開発)
研究内容:コンピュータを利用した画像処理技術の研究を幅広く行っており、特に生産ラインでの不良検査や製品の自動組み立てなどに応用される「画像認識」に力を入れています。これまでに、カメラ視点に依存しない形状認識、生長変形を伴った牛の鼻紋パターン認識などのアルゴリズムを開発してきており、最近では、一枚の画像から3次元的な情報を抽出するアルゴリズムの研究や、小型軽量のカメラ搭載型ラジコンヘリコプターを利用して3次元復元を行う研究などにも取り組んでいます。

萩原 義裕教授(脳・視覚-計測,認識,理解とその制御に関する最先端の研究)
研究内容:未来のロボットやコンピュータには、周囲の状況への理解力、知識発見能力、論理的思考力、情報を補ってイメージする能力が必要になります。私たちは、これらの能力の実現を目指すとともに、CG作成ソフトや3Dゲームに役立てたり、ロボット制御に応用したり、医師を始め高度な訓練を受け専門的な知識やスキルを持つ技術者に準じた判断能力を実現することにより、社会で役立つロボットやソフトウエアを開発しています。

理工学部システム創成工学科電気電子通信コース
高木 浩一教授(プラズマを生成するためパルスパワー技術の研究開発)
研究内容:放電プラズマや高電圧工学は電子デバイスやエネルギー変換など、ユビキタス社会や低環境負荷社会の構築に大きく貢献しています。近年は医療、バイオ、農業分野や環境保全など、新しい応用分野が広がっており、私たちは、各応用に適したプラズマを生成するための電源(パルスパワー)技術や、環境保全、農業・食品、材料分野への応用研究をおこなっています。また、明日の地球と地域と人づくりのため、小学校や科学館と連携したエネルギー環境学習にも取り組んでいます。

三浦 健司准教授(マイクロ波帯電磁複合材料作製・評価とその応用
研究内容:スマートな情報通信社会実現のため、高速通信だけでなくセンシングや電力伝送に電波を利用する試みが進んでいます。私たちは誘電特性と磁気特性を高周波帯で併せ持つ電磁複合材料とその応用デバイスに関する研究を行っています。応用のひとつとして、混練型木質プラスチックを母材とした電波吸収体を提案しており、電波干渉が起こっている空間でも違和感なく設置できる、内・外装材と一体化した電波吸収体の実現を目指しています。

向川 政治教授(放電プラズマの生成と応用)
研究内容:放電プラズマの生成と応用を主な研究対象としています。放電プラズマは、各種材料の表面改質や半導体デバイスプロセスなどに幅広く用いられています。現在は主に、プラズマまら基板の熱流束の測定や、低誘電率薄膜、大気圧プラズマ、マイクロプラズマの研究、および放電プラズマに関する各種計算を行っています。また、大気圧プラズマの応用として、高分子材料表面処理(親水化、疏水化、窒化)の研究に、学内外の研究者とともに携わってきました。

小林 宏一郎教授(生体センシング技術の開発と信号処理に関する研究)
研究内容:主に、心臓から発生する磁界を超高感度磁気センサ(SQUID磁束計)で検出し記録する心磁図計測システムの開発を行っています。具体的には、SQUID磁束計の制御用電子回路や生体センシング機器の設計・製作、生体信号計測、解析プログラムの作成などが研究テーマです。さらに、鉄筋コンクリート構造物の塩害を検査する非破壊検査装置の開発にも取り組んでいます。

 

2016年度 大学訪問記②

2016年度 大学訪問記②

盛岡探索編

~寮巡り~盛岡市内~郊外~


昨年、何十年ぶりに盛岡を探索したが、まだまだ確認していない所があるので、今年もブラブラ訪れてみた。
前回は昔の住みかである同袍寮をチェックしたので、今回は当時、交流のために訪れた女子寮を確認したくなった。まずは、高松エリアの岩手大学紅梅寮。建物はきれいになっていたが当時を思い出して懐かしい。訪問中、人の出入りはなく現代との交流はできなかった。寒くて建物に籠もっているのだろうか。昔は大声でストーム(挨拶)をしていたことを思い出す。おまけで隣の北謳(ほくおう)寮も覗いたが、学生との交流はできなかった。当時(90年代)は人社・教育の男子寮だったが、現在は学科は特に決まっていないらしい。

 

 

<わくわく、紅梅寮>         <すぐ隣の北謳寮>

移動をして、岩山の麓にある、衛生学院の桐和(とうわ)寮へ行ってみた。緩やかな坂道を登ると左手に見覚えのある建物はあったが、カラフルな色のパンションとなっていた。副支部長は建物を呆然と見つめるだけであった。

<元・衛生学院 桐和寮> 

続いて中野にある盛岡短大のひめかみ寮。現在は県立大学の寮として継続しているようだったが、人影は見えなかった。ここは昔のままの姿であり、かなり懐かしい。ついでに寮の裏を見た所、ボーリング場「光フェアレーン」は健在だった(現在はスターレーンと改称) 何度か合コンでボーリングをした記憶がある。

 

<ひめかみ寮>         <元・光フェアレーン>

 

寮のチェックはここまでで、移動中に街を眺めていると不思議な公園を見つけた。茶畑にある十六羅漢像。1849年の江戸時代から何の囲いも無く自然に触れられるというのはすごいことだ。更に、すぐ横に栗割り桜という木がにあった。栗の木の間に桜の木が育っていて春には花も咲くようだ。桜の強い生命力に感銘。当時はこういったものに全く興味が無かったが、今なら気になる見所は、盛岡にはまだたくさんあるのだろう。

<茶畑の十六羅漢像>     <栗割り桜長>

 

 

更に移動を続けると、昨年見かけた中ノ橋通りの盛岡バスセンターが姿を消していた。だいぶ老朽化していたので、安全上撤去したのだろう。見覚えのある風景がまた少しずつ変わっていく。

 

 <盛岡バスセンターが姿を消していた>      <バスセンターがあった頃の写真> 

そこから大通方面に向かい、盛岡城址公園の横を通った。雪の石垣というのも風情がある。城があった時代は、雪化粧した盛岡城もさぞかし風情のあるたたずまいだったのだろう。

 

 <盛岡城址公園> 

岩大方面に戻り高松へ。4号線沿いの盛岡食堂。通称、盛食。自分にとってはすぐ側にあった大名うどんの方に良く行っていたが、盛食の方がまだがんばっていた。上堂のマッハランドも健在だった。中には変わらず36レーンの広いボーリング場があったが、新たにドン・キホーテも入っていた。これは、きっと楽しいだろう。

 

<高松エリア4号線沿いの盛岡食堂>           <マッハランド>

 

そこから国道46号を秋田方面に走り、繋の交差点の少し前に、三千里を発見。昼時だったので冷麺を頂く。うまかった。その後、今回は左手の手作り村方面には向かわず、右手の側道を入る。次々と派手な看板を通り過ぎ、ようやく目的地に着いた。

 

<46号沿いの焼肉 三千里>       <三千里から右手の側道をひた走る>

 

ここは小岩井農場。当時、たまに車を走らせて遊びに来ていた。岩手山の麓の広々とした土地にのんびり牛や羊がいて、歴史的なサイロや牛舎を見ると、歴史と自然を感じ居心地が良かった。本来は緑一面の景色であるが、雪景色というのも一興だ。広場では2月に開催する雪祭りの準備を自衛隊がしていたが、例年より雪が少なくて大変そうだった。小岩井製品は今では首都圏などあちこちで見かけるが、やはり本家本元を訪ねると我がブランドのような愛着を感じる(製造は首都圏なのでしょうが(笑))

 

 

<小岩井農場正門>       <自衛隊による雪像作り>

 

今回も色々訪問したが、懐かしい景色がたくさん残っていた。みなさんも、記憶に埋もれていた景色をその掘り起こしに来てみませんか? 以上、盛岡および近郊の訪問記でした。

 

 <岩手山は盛岡の街をいつも見守ってくれています>

 

おしまい。

 

2016年度 大学訪問記①

2016年度 大学訪問記①

大学訪問編

~電気電子・情報システム工学科
小林研究室、長田研究室、向川研究室~


昨年に引き続き、2017年1月、科会活動の活性化を目的に、新会員となる現役の学生さんに科会活動をPRするために、支部役員が岩手大学を訪問しました。 昨年、初めて実施し、雰囲気が掴めたので、今年は更によいコミュニケーションを取れるのではないかと期待を胸に盛岡に向かいました。

 

訪れたのは1月20日。やはり関東とは違うキリッとした寒さでしたが、天気が良く爽やかな一日でした。街の様子を眺めながら、タクシーで大学に向かう途中、舘坂橋を渡る手前に、当時もあった、はちやパンションを見つけました。「パンション」ペンションでもマンションでもない不思議な名前で強烈に印象に残っている。当時はインターネットがなく意味は想像の範囲だったが、改めてググると実はペンションの本来の意味で、賄い付き(食事付き)の宿舎とのことでした。ここにきて、もやもやが一つ解消しました。

<狩野氏と中山氏>     <盛岡駅前の風景>    <はちやパンション>

その後、大学に到着し、すぐに目に入ったのが「理工学部」の看板。昨年4月に改組したことを実感しました。理がついて高尚になった感じですが、まだしっくり来ないです。
最初に小林先生の所にご挨拶に伺いました。学生の就職活動状況に関して、学部卒は7割以上大学院へ進学とのこと。修士卒の学生さんは、電気メーカより電力会社、自動車会社の方が人気が高いようです。その他、大学を取り巻く状況などを伺いました。また、科会の活動の活性化などについてもお話しできました。小林先生、お忙しい中、貴重なお時間を取って頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

<理工学部正門より>      <小林先生に大学の近況を伺いました>

丁度、お昼休みになったので、工食(工学部食堂)へ向かいました。食堂の入り口には「予想最低気温が-8℃」と。やはり、盛岡の寒さは厳しいですね。学生時代にアパートの水抜きを忘れて水道管を凍結させ、日中、暖かくなるように祈ったことを思い出します。食堂メニューには懐かしの焼きカレーも、まだありました。カリッとした表面に半熟卵を合わせると超うまかったことを思い出します。当時無かった焼ミートスパというものもあり、人気の焼きカレーの弟分といった所でしょうか。時間が掛かりそうなので、今回はすぐ食べられる定食を頂きました。

 

 

 

 

 

 <工学部食堂>         <理工学部正門より>

 

 

 

 

 

 

<焼きカレー今も健在>       <おいしく頂きました>

 

午後は学生さん達とのコミュニケーションを行いました。小林研究室(10人)、長田研究室(7人)、向川研究室(10人)の学生さんと会って、会報の「きたかみ」や「北杜」を使いながら、科会全体の紹介、東京支部の活動を紹介しました。学生さんからの質問は、やはり就職に関することが多く、入社試験、勤務地、会社生活に関してアドバイスをしてきました。各研究室での時間も限られていたので、もっと、ざっくばらんに話しましょうと夜の懇親会にお誘いして、研究室訪問を終えました。

 

 

 

 

 

<小林研究室の学生さんにきたかみ、北杜を紹介> <活動紹介をする中山副支部長>

 

 

 

 

 

 

<長田研の学生さんたち>

 

 

 

 

 

<向川研の学生さんたち>

待ち合わせの工食。前回は空振りに終わってしまったので、今年もかと半ば諦めていましたが、時間になるとたくさんの生徒さんが集まってくれました。テンションも上がり、皆で上田通りまで歩き、学生さん達が良く行くお店に案内してもらいました。

 <学生御用達の店> 

最近の学生は余り飲まないと聞いていて心配しましたが、参加してくれたみんなは昔の我々と変わりない飲みっぷりでほっとしました。楽しく飲み語り、あっと言うもの時間でしたが、科会の存在を少しは身近に感じてもらえたと思います。学生さん達はスポーツ、バイト、様々な活動を活発に行っていて、我々もたくさんのエネルギーをもらいました。学生さん達の今後の活躍に期待しています!

 

 

 

 

 

 <熱く語る中山氏>        <和気藹々と>

 

 

 

 

 

<全員集合>           <お疲れさま>

 

盛岡探索編につづく

大学訪問記⑥

大学訪問記⑥

懐かしの盛岡編

~変わる街並、変わらない街並~


 

久しぶりに訪れた盛岡。街はどんどん進化しています。しかし、変わらない街並も残っています。今の盛岡をグルッと紹介します。みなさんの想い出に残る景色にヒットしますか?

盛岡と言えば岩山。でも昼より夜景の記憶が多いかも。盛岡の夜景がいいのは、周りが暗く、空気が澄んでいるので、明暗のコントラストが高いこと! 派手さは無いけど、キラキラと輝いています。是非、皆さんの目で、確かめてみて下さい!

 

①岩山1

     <岩山より市街地を望む>      <盛岡駅方面。高層マンションが増えました>

 

②岩山2

<UFO展望台にあった銅像は(株)鹿島組の初代社長だったのですね>

http://www.city.morioka.iwate.jp/moriokagaido/rekishi/senjin/007575.html

 

 

続いては、高松の池。高松の池と言えば、お花見です。日本さくら名所100選にも選ばれるほどの味のある桜。しかし、思い起こせば、大声を張り上げて飲んだくれていた記憶しかありません。

③高松の池1

   <記録的な雪不足ですが氷はしっかり>      <白鳥も飛来しています>

 

④高松の池2

     <癒やされる風景です>       <盛岡女子校は盛岡誠桜高となって共学に>

 

 

続いては盛岡競馬場跡地。われわれがいた頃(1988-1992)は高松から坂を登った緑が丘に競馬場がありました。土日になると、近辺は大渋滞。でも、徒歩や自転車で行けたのはラッキー。焼き鳥ならぬ、モモ焼に唐辛子をたっぷりかけたのがうまかったな~。

 

⑤競馬場跡1

       <跡地利用の公園>        <公園といっても何も無いぞ・・・?>

 

 

お腹がすいたので昼飯に向かいました。皆さんのBest冷麺はそれぞれあると思いますが、今回は大学の最も近くにある、明月館に突入。同袍寮2階では、入学早々に冷麺早食い大会があり、地元以外の人は冷麺とは何ぞやを知らされました。超辛のジンスペとかいう裏メニューがあったなぁ。

 

⑥明月館

   <明月館>             <盛岡冷麺サイコー!>

 

 

車中からの街並スナップ!

 

⑦マルパソ_四ツ谷教会

 <医大前、マルパソ。激辛20倍カレー!!>       <四ツ谷教会>

 

⑧バスセンター_わんこそば

 <盛岡バスセンター>        <わんこそば東屋>

 

続いて、大人の街、八幡町、肴町へ。大学生はあまり馴染みが無かったかもしれませんが、アルバイトではお世話になった人も多いかも。

⑨八幡1

<MAISON PLAZA>           <新八幡街>

 

⑩八幡2

<スキーハウス?>          <スナック街>

 

⑪八幡3

<お好み焼き すずめ>           <狸屋敷>

 

⑫八幡4

<ぶじょほまんじゅう本舗>         <老舗料亭 喜の字>

 

⑬八幡5

<蘭々名物タンタン麺>       <盛岡劇場>

 

⑭肴町

<肴町アーケード。奥のエンドーチェーンはマンションに> <パチンコくつろぎは、HEARTSに>

 

 

続いて、大通りを通り、郊外へ。

 

⑮岩銀

<岩銀 旧中ノ橋支店>      <中ノ橋から中津川を望む>

 

⑯桜山神社_マッハランド

<櫻山神社>          <上堂のマッハランド!>

 

⑰青山

<青山の喫茶Donnyha(ダニーハ)>

 

盛岡探索いかがでしたでしょうか。 変わる街並、変わらない街並と入り交じっていますが、やっぱり盛岡は味わい深い街です。今回撮影できなかった場所は、リクエストがあれば次回訪問時行ってみたいと思います。もちろん、皆さんご自身の目で見て頂くのが一番です!!

 


 

さて、2月にH4卒の3人で行ってきた訪問記はこれで終了です。直接学生さんや先生方とお話しができて、漠然とではありますが卒業生と大学のつなぎ役として、もう少し我々にもできることがありそうだなという気がしました。一つひとつの機会を大事にこれからも卒業生の輪を広げていきたいと思います。

引き続き皆様のあたたかいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

 

p.s. 2月の写真を7月にアップするという怠慢を何卒お許しください。

 

おしまい

 

大学訪問記⑤

大学訪問記⑤

同袍寮訪問編

~同袍寮への道~


 

①同袍寮

 

 

 

 

 

 

 

 

<同袍寮近影2016年2月>

 

2016年2月13日(土)朝から市内観光を行い、高松の池をあとにした、我々H4年卒業メンバーとK畠氏(現在盛岡在住で入学は一緒だったはずだが何故か人とは違う進路に進んだ同期生)は、同袍寮に足を向けた。K畠氏の非常に大きな車で国道46号館向から、キッチンアベで洗面器大の器で供される大盛りカツカレーで満たされながら車で帰るかのようなルートで同袍寮に向かう。相も変わらず農学部の実習農場の傍に佇む寮は20年以上前の様相と全く変わらない姿で我々を迎え入れてくれた。実習農場と寮を分かつフェンスの看板には、『ここは農学部の実習のための農場です。勝手に作物を取らないように。』との注意書きが。背に腹は代えられない状況があるんだろうなぁと時代を超えて成長しない同袍寮生という、どうしようも無い時代を生きなければならなかった先輩後輩に思いを馳せてしまう。

中に入りたい!

さて、自分が寮生であった頃は外部からの来訪者は総務部が迎え入れたり、18時を過ぎれば当時電話番として玄関脇の放送室に控えていた寮生が対応し寮内放送で呼び出してくれていたであろう。『414室の〇〇さんお電話です!』とは皆が羨む寮内放送であったことは説明するまでもあるまい。

数年前に寮に改修が入り、自治寮としてのシステムが様変わりしたことは情報として入ってはいたので、我々の訪問をどんな形で迎え入れるのだろうか楽しみであったが、初っ端から我々の期待を挫くような事態に遭遇する。なんと、寮の入り口にテンキーが設置され暗証番号を入力しないことには玄関すら越えることができない状況であった。『むう…。』元寮生4人は茫然自失となってしまった。コンプライアンスだのガバナンスだのと世間が騒がしいが寮までセキュリティがこんなに厳しくなっているとは…。最早これまでかと思いつつも、何とか中に入れてもらうために玄関に寮生がいないかと必死に寮の中を覗きこむ。

 

②覗き込む不審者たち

 

 

 

 

 

 

 

<中を覗き込む不審者たち>

 

そうだ!非常階段から入れんじゃね?と4人の中で最も非常識な筆者が、かつて、部屋の後輩・伊藤某とオクラをカセットコンロで焼きながら日本酒を飲んだ非常階段からの侵入という非常識を遥かに超えた犯罪的な発想に皆が呆れ返る。覗き込んだところで侵入できないことは明白なので何かネタがあるかもしれないと侵入する気はないものの皆が非常階段に向かう姿に、誰もがやりたくはないのに空気を読んでいるうちに戦争に向かっていった1941年の空気を感じ取ったのは私一人ではなかったはずである。

 

非常階段下には立て看板の残骸があり、寮祭の文字がみえる。そう寮祭はまだ続いていることがここで判明する。寮祭の宣伝のために1年生は仮装をして盛岡市内中心部を練り歩く。自分を含む3階の寮生は伝統的に女装と決まっており、どこから集めたのか大量の女性の服から自分の体がおさまるものを選び化粧をしてゴールの岩手公園まで歩いたことを思い出した。2階の住人であったTZとE藤、k畠氏はオバケだった。伝統的に2階は南方の土着人の仮装で彼ら3人は全身真っ黒になっていたはずだったが、平気で伝統をぶち壊す芯の強い同期だったのだろう。ほどなく3人とも寮を出て行くのだが結果がそれを物語っている。

 

③寮祭看板

 

 

 

 

 

 

 

<非常階段下に打ち捨てられた寮祭の立て看板>

 

 

遂に潜入

④侵入を思いとどまる二人

 

 

 

 

 

 

 

<非常階段からの犯罪的侵入を思いとどまった筆者とTZ>

 

非常階段からの非常識な侵入(犯罪行為)を思いとどまった我々は玄関で寮生が出入りするのを待った。寮生を捕まえればいろいろ話が聞けて、寮の中に入れてくれるだけじゃなく、きっと部屋にも招待してくれるはず!と都合の良いことを夢想しながら待つこと数分、外出から戻ってきた第一寮生を発見する。彼に我々は怪しいものではないことを告げ、寮の中に入りたい旨を伝えると「管理人が、管理人が…」と連呼する。どうやら管理人が訪問者の受付をしているようで、普段はかつて放送室であった場所に常駐しているらしい。しかし、管理人が不在で彼にはどうすることもできない様子であった。しばらくすると第一寮生の背後から中年女性が近づいてきたので管理人か?と思ったが、第一寮生の母親だった。荷物を運び入れる彼らの後を自然とついていく形となり、遂に同袍寮の玄関に侵入することができた。

 

 

玄関から居室まで

⑤玄関

 

 

 

 

 

 

 

<こぎれいな玄関。正面の白板の張り紙を読みたい!>

 

⑥旧同袍寮看板

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⑦告白箱

 

 

 

 

 

 

 

告発箱の存在が我々をザワザワさせる。

玄関の作りは当時とほとんど変わっていないが、とても綺麗になっていた。玄関左には昔の寮の看板が置いてありその奥に管理人室(元放送室)がみえる。右に下駄箱、正面に階段があり。構造はかつてのままのようだ。

第2、第3寮生からそっけない対応の後、我々を救済してくれる第4寮生と遭遇することとなる。第4寮生が外出から戻ってきたところをTZが、怪しいものではないから中に入れてくれと交渉を始める。さらに君の部屋も見せてくれないか?怪しいものではないから、と畳み掛ける。こういった厚かましさはTZはお得意なところ。同席したK畠氏の方が厚かましさでは飛び抜けているが、相手に対する威圧感が半端ないのでTZに任せて正解だった。第4寮生はいかにも怪しい同袍寮OB4人組に取り囲まれても怯えることなく、我々の要求を快諾してくれた。彼は教育だか人社の学生で、同袍寮はもはや工学部だけの寮にはなっていない事が判明する。彼は仮装的には南方の土着人の階の住人で、寮長部屋と同じフロアとなる。第4寮生に案内されるがままに彼の部屋へ侵入する。改修前は4人部屋であったが部屋の真ん中に壁を作り左右に出入り口を新設することで個室を構成してる。水周りも完備され我々の頃を考えると快適性は段違いである。。

 

⑧部屋内部1

⑨部屋内部2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<現在の部屋 (同袍寮Facebookから)>

 

⑪旧文化部部屋

 

 

 

 

 

 

<比較のため改修直前(2010年)の文化部>

⑩旧洗面所

 

 

 

 

 

 

 

 

<2010年頃の同袍寮洗面所>

 

我々の時代の水周りは本当に酷いもので、参考資料のように、よく病気もしないで卒業までの4年間(一部の人は8年間)もの間、生きのびたものだと考え深いものがある。

よく食中毒が発生しなかったものだ。結構人間って強い生き物なのでしょう。

部屋まで案内してくれた第4寮生に丁寧に礼を伝え、自啓寮との共通スペースへ向かう。

 

オッス!

部屋を去り1階へ向かう道すがら、第5寮生とその母親が階段を上がってきた。我々が寮生の頃はこんなに酷いところなんかとてもじゃないが親に見せられないなぁと感じていた。大抵親が来るのはパチンコやバイトに耽り、学校に行かなくなった学生を叱りつけにやって来るものだと相場が決まっている。きっと、彼もそうに違いない。第4、第5寮生がすれ違いざまに発したのは『オッス』だ。懐かしい!。一気にあの時代に引き戻されてしまった。オッスだ、オッスだ!と大男4人が女子高校生のようにキャッキャ騒いでいる姿に、第5寮生親子は怪訝な顔をしながら部屋へ消えていく。

掲示板、ポスター、告示

玄関に戻ろう。玄関には様々なポスターや、張り紙が掲示している。我々の頃と特に違うのがお酒に関するものだ。至る所に無理な飲酒や未成年に飲酒させないなど、昔は言われなくてもしっかり守られていたルールをあえて掲示するとは(^_^;)。

 

⑫掲示板

 

 

 

 

 

 

 

<注意喚起の張り紙>

 

⑬昔の掲示

 

 

 

 

 

 

 

<比較のためかつての食堂の注意喚起 『告』>

 

一方、玄関正面のホワイトボードには寮生大会の告示が掲示してあった。寮生大会では一体どんな議題で盛り上がるのだろうか?我々の時代は芝生問題であったり、駐車場問題であったり、途中のアタック休憩を挟み、3時4時まで盛り上がっていたものである。

役員の打ち上げは客が居なくなるまで店を開けてくれる楽園こと光楽園。ベロンベロンになった役員全員で紅梅寮までとつげきしたものであった。

⑭寮生大会告示

 

 

 

 

 

 

 

<寮生大会の告示>

 

また、自啓寮との間で問題が起きると寮長同士の手打ちとなるが、そのほとんどが問題を起こした寮生の反省文を掲示することになってる。我々が訪問した際には残念ながら反省文は見当たらなかった。今時の学生同士でどんなイザコザがあるのだろうか?

 

共通スペース

さて、玄関周りに面白いものが見当たらなかったので自啓寮との共通スペースへ向かう。かつては食堂と風呂、活動室だったかな?があった場所である。

 

⑮かつての風呂

 

 

 

 

 

 

 

<比較のため、かつての風呂>

 

風呂場はランドリー室とシャワー室に置き換わっていた。ランドリー室は広々として元風呂場の雰囲気が少しづつ残っていたように感じた。また、とても清潔感がありこれくらいきれいじゃないと若い人の寮離れに歯止めがきかないのであろう。(寮離れなんてあったけ?という疑問はスルーします。)

 

我々不審者がシャワー室でホホーン⤴と怪しく感心していると第6寮生が、オッスっと心なしか誰だ?こいつらという顔を見せつつもシャワー室に消えていった。これから合コンでもあるのだろうか、夜に向けてしっかり磨いて同袍寮魂をギャルに見せつけてほしいものだ。

 

⑯ランドリー室

 

 

 

 

 

 

<風呂場だったところはランドリー室(乾燥機ありました!)>

 

⑰シャワー室

 

 

 

 

 

 

<ランドリー室手前のシャワー室。第6寮生が磨いています。>

 

 

退散

⑱科会メンバー

 

 

 

 

 

 

 

<科会東京支部メンバー(LtoR:TZ、E藤、筆者)>

 

同袍寮を探索しきり、科会支部ホームページ用のネタの撮れ高も十分に確信した我々は、足早に退散するべく玄関へむかう。この後は、寮生御用達、明月館で冷麺を食べて、TZ、E藤がバイトしていた肴町や八幡へ向かうことを話しつつ一目散で退散するのであった。

 

つづく